散歩日記②
(2020/5/13撮影)


 前回に引き続き散歩しながらの撮影である。初夏のやや強い日差しの中、汗をかきながらブラブラするのも楽しいものである。今回は宇都宮市内の六道付近から不動前に、そして南宇都宮駅周辺を回ってみた。以前から気になっていたものがたくさんあり、散歩しながらの撮影は実に面白かった。実際歩いてみないとわからないこともたくさんある。初夏の宇都宮の風景をどうぞご覧ください。




宇都宮女子高校正門を南に行くと古い家屋が並んでいる。
大谷石造りの蔵とタイル張りの外壁を持つ建物、今も使われているようだ。



脇道に入ると大谷石の蔵が繋がっているのがわかる。



隣の建物は出入口こそアルミに変えたが、2階の格子はすばらしい。



六道閻魔堂。ここは6本の道が集まっていて六道、そして仏教でいう六道(地獄道、餓鬼道、
畜生道、修羅道、人間道、天上道)になぞらえて六道となり閻魔堂が作られたようだ。



閻魔堂の向かいにある建物、これも古い味わいのあるものだ。



戊辰の墓六道口。戊辰戦争で戦死した旧幕府軍の兵士の墓だ。
現在もきれいに整備され、花も生けられている。



宇都宮工業高校は移転したが、記念の石碑を残したようだ。
公立高校でこのようなことをするのは珍しいのではないか。



その跡地には新しい一条中学校が建っている。
これだけを見ると、ここがどこであるか想像がつかない。



報恩寺。茅葺の唐門は寛永16年(1639年)の創建、宇都宮最古の木造建築物である。
戊辰戦争の官軍戦死者供養塔がある。ここは激戦地であったのだ。



蓬莱大黒通り(旧日光街道)は道路拡張工事中だ。
建物が撤去された後にきれいな花が咲いていた。



蒲生君平勅旌碑
(ちょくせいひ)。宇都宮市新石町で生まれた蒲生君平をたたえ、
当時の宇都宮藩知事戸田忠友が建てた碑。
以前から気になっていたもので、周囲の雰囲気を残すためあえて少し遠くから撮影した。



その隣にある焼きそばキング。これも何か気になる。



この小さいビルも気になった。
階段は使い物にならないだろう。



不動堂。江戸時代の初め日光街道と奥州街道をつけかえた。
その旧道と新道の分かれ目にあったのが不動堂。
宇都宮に入る目印になっていたようだ。
「不動前」という地名は有名だが、その由来となった不動堂は小さなお堂だ。



お堂の脇に石碑が建っている。
右奥州街道、左裁判所、正面東京、なるほど。



旧日光街道を北に戻ると歩道にきれいな花が咲いていた。
ブラブラ歩くとついこんなものに目が行く。



日本遺産認定南宇都宮石蔵倉庫群。昭和28年に米の貯蔵庫として建てられたものである。
ここはクラシカルバレエ宇都宮として使われている。



ここは蕎麦屋悠日の入り口だ。お休みのようである。



大谷石の倉庫が連なり、レストランやイベントスペースもある。



大谷石の倉庫は温かみがあって良い。



東武南宇都宮駅。1932年開業当時の原型をとどめる。
ここの大谷石も日本遺産の構成要素だ。



小さい駅舎は何か懐かしく好感が持てる。



建物の工事をしていた。新旧並んでいるところも良い。



喫茶店の足ながおじさん。外装はきれいになったが、ずいぶん長く続いているものだ。



明保野公園。新緑がきれいだが人はいない。



宇都宮市文化会館のコンサートなどはすべて延期になっている。
延期してもできるかどうかまだわからない。



文化会館の駐車場は閉まっていた。こんな風景を見るのは初めてだ。
栃木県では非常事態宣言は解除されたが、まだ以前のような賑わいには程遠い。
どうやら長い付き合いになりそうだ。
自粛ばかりしていても気が滅入るし、気を緩めすぎると危険でもある。
今までの日常をうまく工夫しながら暮らしていくしかないだろう。



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